仙台国際日本語学校

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仙台国際日記(ブログ)

『吾輩は  である』#5

2021.04.26

今年の1月から2月にかけて、1クラスのiタイムで新たな取り組みが行われました。
その概要については、担当されたS藤先生の文章を引き、すでにお伝えした通りです。

現在、その活動の成果である、学生たちの作品をご紹介中。
振り返りもかねて、過去4回にわたってご紹介して来た作品群を以下に再掲します。

『吾輩は  である』#1
『吾輩は  である』#2
『吾輩は  である』#3
『吾輩は  である』#4


5回目となる今回はいよいよ最終回です。
ベトナムのDオンさんに取りを飾ってもらいましょう。

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『吾輩は  である』

 もう一年間になる。吾輩の体がこんなに細くなるとは思わなかった。一年前、箱から出された時、人間の生活に入ることが楽しみだと思っていた。それなのに...。

 ああお腹が空いている。こんなに狭くて暗い所から出たいな。遊びに行きたいな。百円ショップの「かおりさん」に会いに行きたいな。彼女の笑顔をもう一度見られるなら最高だ。なぜこんな所につっ込まれて一人ぼっちになるたびにあのカワイイ顔を思い出すのか。もしかして...いやいや、絶対無い。だって吾輩は財布である。名前なんてまだない。吾輩の記憶では名前で呼ばれたことなんて一度もない。名前もないから、「かおりさん」は吾輩の存在にきづいていないのかも。毎日「かおりさん」はどんなに多くのイケメン財布を見ているのか、灰色でお金を持っていない吾輩にはチャンスがないにきまっている。でも、この間吾輩と「かおりさん」、目が合った。今、思い出すにつけてあの瞬間の気持ちが波のように押し寄せてくる。ドキドキがとまらない。ああ、また何を考えているんだ。バカだ、吾輩は。今までいろいろな店員の顔を見てきたが、こんな気持ちになるのは「かおりさん」しかいない。なぜか、最近「かおりさん」の声が聞こえる。近くにいるようだ。きのせいか。吾輩の主人が電子マネーを使い始めてから「かおりさん」に会うチャンスが少なくなった。細かいお金をあまり入れないのはうれしいけど、札も入れないのはいやだね。だって財布と呼ばれるのにお金を持っていないなんて...。もうこんな状況ではだれにも会う勇気が出ない。

 えーなんか音がする。あー、光が見えている。吾輩は外に出されたのか?えーここはどこ?懐かしい香りがしている。「かおりさん」だ。でもここは百円ショップではないのに。えー夢ではない。今吾輩は「かおりさん」の手の中に...。


椎名誠らの文体は昭和軽薄体とも呼ばれますが、これは令和独白体あるいは妄想体とでも呼びたくなります。
中でも第二段落はその独白/妄想が怒涛の如く押し寄せ読者を圧倒、置いて行かれそうになる程です。
結末部では読み手側に解釈の余地が幾筋も残されており、再読や咀嚼のための時間も愉しみになり得るのでは。
また背景には電子マネーの他にコロナ禍も見え隠れ、風刺の効いた奥深い作品として読むこともできます。
と、個人的には最終回に相応しい作品だと思ったのですが、皆さんはいかがでしたでしょうか。

繰り返しになりますが、これにて本シリーズはおしまいです。
今後同様の授業がなされるのかはわかりませんが、また学生の作品をご紹介していければと思っております。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。


(瀬戸)

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